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著者:小野不由美
発行:講談社(ホワイトハート文庫)
陽子は諸官やケイキや民の誰にも気に入るよう無理をしている自分に気付いた。
鈴は海客である自分を憐れんだが、自分よりも可哀相な人たちがいる、自分は恵まれているということに気付いた。
祥瓊は自分が失くしたものを得た慶王を恨んだが、国を乱す父王をいさめることが出来なかった自分が、自国の民に恨まれる理由に気付いた。
3人の少女はそうして長い旅に出た。
『十二国記』の中でも特に好きな話です。
陽子は同じところに嵌り込もうとしている自分に気付いて、このままでは駄目だと思って王宮を飛び出し、遠甫という人の元でこちらの世界のことを学びながら、和州で酷いことが行われていることを知る。
鈴は海客である自分を憐れみ、助けてくれるだろう同じ海客である慶王に会いに慶へ旅立つ。
その旅の途中、同じ船になった男の子清秀と知り合うが、慶の和州止水郷、拓峰で清秀を亡くし悲しみに暮れ、本当に辛く悲しいことがどんなことか初めて知る。
祥瓊は父王を殺され自国を追い出され、恭国の女王の下女(下僕)になったが、ついに供王の御物を盗むと王宮を逃げ出した。そして、自分が失ったものを得た慶王から、玉座を簒奪してやろうと慶へ向かった。
途中の柳国へ来たが、柳の役人に捕まり全財産を没収される。何とか解放されるが所持金も無く途方に暮れているところで、楽俊という半獣に助けられた。そして、その楽俊に教え諭され、旅をしながら国を眺め、そうしてやっと自国の今後に思い馳せた。
王宮を飛び出したり、旅をしたり、自国を追い出されたり、そうしながら自分が見えていなかったものが見え、何を考えなければいけないのか、何をしないといけないのかということに気付き、そして成長していく少女達の姿が清々しくて、そんな彼女たちの姿が見ていて「いいな」と思います。
最後はどうなっていくんだろうかって思いながら、三人の少女の強く成長していく姿に憧れます。
最後の辺りは本当に感動します。
陽子が王としての威厳や覇気を持ち、王としての働きをするところなんて。
そして最後の初勅の言葉。何度聞いても鳥肌が立ちます。
ところで、この巻でもひとつ気になるシーンが・・・
上巻の最初の方で、陽子が蓬山から堯天に到着し、諸官が迎えるが王が女王だと知って幾人かがため息をつき、そのため息は数が少なかったために露に流れた、というところ。
私は単純にそのまま受け入れていたんですが、実はこれ、諸官の多くは王でも女王でも関係ないって思っていた・・・つまり、王には何も期待していなかったってことでしょうか?
諸官は権を争うことしか頭になくて、もっと悪く言えば女王は無能だから御しやすいと思っていて、むしろ女王の方がそういう理由で好ましいと思っていて、だから期待もしていなければため息も無く、その為に期待していた幾人かのため息は数が少なく露になった・・・と。
もし、そういう意味だったら、よく分からないけど「すごいなぁ」と思ってしまいますね。
そこまで考えてこのシーンを書いたのか、と思うと。
著者:小野不由美
発行:講談社(ホワイトハート文庫)
陽子はケイキと名乗る見知らぬ男に訳も分からないまま異世界へと連れてこられた。
途中ケイキとはぐれて一人ぼっちになり、妖魔に追われ、人に追われ、そして裏切られ、心身ともに荒んでいく陽子。
誰も信じることが出来ず、この世界は自分の敵ばかりだと思いながら、ついに陽子は力尽きて倒れてしまい――
3回くらい読み返した、大好きな小説のひとつです。
3回プラス、1、2回ほど流し読み程度で読み返したこともあります。
最初に読んだときには、こんなに主人公が苦労して心が荒んで死にかけた小説もないんじゃないかって思いました。
これからどうなるんだろうか?
この世界は一体どういう世界なんだろうか?
ケイキはどこにいるんだろう?本当に陽子を騙してないだろうか?
途中、陽子を惑わすように猿が現れて、陽子の不安をどんどん暴いていきますが、それにつられるように思わず読んでるこちらも惑わされてしまいそうで。
文章は三人称ですが陽子視点なので、読んでるこちらも陽子のように訳が分からなくなったり、疑心暗鬼になったり迷ったり・・・そういう体感が出来る小説だと思います。
キャラクターにも魅力があるのがいいです。
陽子は一番読者に身近な人間じゃないかなと思うので、とても好感が持てます。
騙されたことに憤りを覚え、騙されないために人を拒絶し、それでも裏切られたからと言って自分の何かが傷つくんじゃないと気付き、裏切られてもいいんだと思った陽子。
裏切られたからと言って人を拒絶するんじゃない。人は人で、自分は自分だからと言えるくらい、強くなりたいと願う。
その心根の強さが、とても魅力だと思います。
この世界で初めて陽子と友達になった楽俊も魅力的なキャラクターだと思います。
利発で優しくて気安くて、それから素直ですね。
陽子を「馬鹿だな」と思ったら「馬鹿」と言う。自分の胸のうちははっきりと言う。でも、そこに率直さはあっても嫌味なところがない。そこに好感が持てると思います。
楽俊は半獣ということで、姿が普段は大きな鼠だというのもいいですね。ちょっと見てみたい気がします。
ところで、この巻で気になるところが一箇所あります。
それは陽子がケイキに渡された宝刀、水禺刀。
妖魔に襲われたときに、その鞘を失くしてしまいますが、旅の途中で見つかったのは、あれはどういう意味だったんだろう?と。
鞘は禺(猿)だったということで、旅の途中で陽子の周りに現れたりしますが、鞘が見つかる前に陽子がその猿を切って、猿の首が落ちた辺りから鞘が現れました。
ということは、鞘は猿の姿となって陽子についてきていたということなのでしょうか?
それとも、陽子が鞘を見つけた場所は、もともと鞘を失くした場所だったのでしょうか?
私はずっと後者だと思ってました・・・
そこが、この巻では気になるところです。
著者:保坂和志
発行:中央公論新社
驚くほど何も起こらない、ただ過ぎていく日常が綴られているだけの小説です。
――こう書くと、「ツマラナイ小説」と思われるかも知れませんが、実際に読んでみると物語の中に引き込まれて行って、スイスイと読み進めることが出来るんです。
こんなに何も起こらない小説を、面白くないと思わないことに自分でも不思議だな、と思うんですが、その要因のひとつには主人公の一人称で語られているということが挙げられるのかなと思います。
つまり、とても読みやすいんですよね。
格式ばってない文体や、くだけた感じのある文章、難しい言葉はほとんど無くて、回りくどくもなく、すんなりと頭の中に入ってくる感じがします。
以下抜粋してみました。
『電話に出たゆみ子は三年前と変わらず、別に機嫌が悪いわけではないのだけれど愛想もないしゃべり方をしてきた。「久しぶり」などと通りいっぺんの挨拶のようなものを言い合い、次に「どうしてる?」という話になって、結婚はしていないけど子どもを一人つくったと聞かされて、へえと思ったから「へえ」と言い、それがすぐになるほどに変わったから「なるほどね」と言って、そのうちに猫の話になった。』
気取らず飾らない文章で実に読みやすいと思います。
「へえと思ったから〜」の辺りなどは読みながら少々驚きましたね

小説でこういう書き方もあるんだなぁと。
それから、登場人物が“普通”なところも親しみが感じられて良かったのかなと思います。
例えば――
ある日主人公が部屋を掃除していると子猫が窓から覗いているのに気付いた。主人公は仔猫になんとか近づこうとするがすぐに逃げられてしまう。仔猫が来て、近づこうとして逃げられて――それを何度か繰り返したあと、ニボシで仔猫を釣って仲良くなろうと思いつく。思いついてすぐにコンビニに行くがニボシが見つからない。アルバイトの男の子に聞いてみたら、「ニボシってなに?」というような顔をされて、それで初めて主人公も気恥ずかしくなって家に帰った――。
主人公は次の日、帰り道に乾物屋を見つけてニボシを買うんですが、そういった行動や思考は自分と(一般の人と)ほとんど変わらないんじゃないかと思えます。
だから、読んでいても違和感無く飲み込めるのではないかと。
ただ、「何も起こらない小説」でしたが最後、終わりまで読んだときには「驚き」がありました。
以前、保坂さんの本で『書きあぐねている人のための小説入門』というのを読んだとき、そこに「小説はどこから始めても、どこで終わってもいい」というようなことが書かれていたんですが、その実例をまさに『プレーンソング』で体感したな、という感じです。
これは実際に読んで体感して欲しいなと思います。ちょっと驚きます。私は驚きました。
――と、けっこう好意的に書いてきましたが、評価は普通でした

文の雰囲気とか好きなんですが、やはりコレというものが無かったので・・・。
『プレーンソング』はデビュー作だということで、今度は芥川賞を受賞した『この人の閾』を読んでみたいと思います。
これもレビューを見ると、なんだかスゴイ作品みたいです・・・。
著者:上甲宣之
発行:宝島社(宝島文庫)
小学校の教師である辺倉史代は、親しい友人も恋人もいない孤独な三十路女。
陰気な性格で生徒からも好かれず、同僚からも「やる気のない教師」と敬遠される始末。
そんな彼女の生きがいは自分が創りだした幽霊“紅蓮女”に変装して街を徘徊し人を驚かせることだった――。
初め、ストーリーを知らなかったので、タイトルから普通に「幽霊がコスプレする話なのかな」と思っていましたが、読み進めていくうちに「人が幽霊の格好をして人を驚かす」という話なんだと分かって、何となく拍子抜けした感じでした。
主人公である辺倉史代が、教師としての自覚とかもなく、ただ時間をやり過ごせばいいと思っている様子に、初めは軽く憤慨を覚えましたし、「“紅蓮女”という幽霊に変装して人を驚かせる」という趣味(生きがい)は、明らかに後ろ向きだなぁ・・・と思いました。
ところが、これが途中から面白くなってくるんですね。
いつものように夜、“紅蓮女”に変装して心霊スポットを歩いていると、口裂け女らしき人物と遭遇してしまい、徐に睨み合いが始まり――。
その時の息詰まる攻防は読んでいて手に汗握りました

それ以外にも、都市伝説パーティで流血まがいの騒ぎがあったり、生き神信仰では意外な展開になったり、呪いの手紙ではついに“紅蓮女”が活躍したり

そして電話男とは壮絶な戦いを繰り広げ――

どんどんと“紅蓮女”が格好よく思えてきます

ただ、電話男と決着がついたあとの展開はちょっと「辺倉さん可哀想」って思いました(笑)
“紅蓮女”だけでなく、辺倉さん自身にも救いがあればなぁ・・・と。
それでも、最後ではもっと読んでいたいと思えるほど面白かったです。
続編は・・・ないだろうな

『新フォーチュン・クエスト14 蘭の香りと消えたマリーナ<下>』 深沢美潮・著 メディアワークス・発行
前巻の時にもそうだったんですが、出てるとは思わず書店へ立ち寄ってチェックしたら見つけて・・・って感じで

でも、出てるとは思わなかったところで見つけると、なんというか格別な嬉しさがありますね(笑)。
先に、例えば来月新刊が出るって分かってたら、それがすごい待ち遠しくて、その日までが長く感じてしまうかもしれなくて、その間が苦痛になることもあるかも知れないし。
いや、つまり、それほど待ち望んでいた続刊だったわけですよ。
買ったあと、用事があったのですぐに読めなかったんですが、その間に13巻から(つまり「蘭の香りと消えたマリーナ<上>」から)読む、と決心しました。
(というか、小説の上下巻を読むときって普通そうなんでしょうか?)
やっぱり13巻を読んだのは約半年前なので、最初は結構内容も忘れてましたが、読みながら「あー、そうだった」と思い出し、あと、14巻の腰帯の「パステル大ピンチ」というのを読んで、「そうだ!気になる終わり方だったんだ!」と思い出し(笑)、ますます14巻が楽しみで楽しみで

ただ、13巻の終わりのピンチは「きっと、こうなのだろうな」と予想してたことがドンピシャだったので、14巻の最初の方では「やっぱりなぁ」とか思ってしまいましたが、それでも懐かしいのと嬉しいのとで楽しかったですね。
あ〜、でも、パステルが突然いなくなったことで、きっとクレイやトラップたちはすごく心配するんだろうなぁとか思ったんですが(特にトラップのその時の様子とか期待してたんですが・笑)、特にそういうことも無かったので残念でした。
パステルとっても頑張ったんだよ〜!
て思ったのに(笑)内容はハラハラする場面もあり、クスッと笑える場面もあり、「やっぱこれがフォーチュンだよね!」と妙な納得しつつ楽しみました

ただ一点、マリーナの最後の決心というか、今後についてのこととか、意外にあっさりと・・・しかも私が思っていたのと逆の方へ行ったので驚きました。
気持ちが全然分からないわけではないし、考えてみたらそれが普通のことだろうとは思うんですが・・・そうだなぁ、あんまりにもあっさりだったから驚いたのかも知れませんね。
だけど、今後もきっとマリーナが出てくることがあると思うので、その日を楽しみにしたいです

もし次にマリーナが出てくるとしたら、きっと今までと少し違った感じでパステルたちと絡んでくるんではないかな、と思うので!
しかし、マリーナのことが解決したとはいえ、謎の行商人のこともあるし、ギアとまた会うことがあるのか?というのもあるし
、トラップとの進展は?!というのもあるし
、14巻の最後に次に続くだろう、少しだけ気になる場面もありましたし、次巻がまた楽しみですね!ところで、あとがきに書かれてましたが、「フォーチュン・クエスト」初期作品が児童書としてポプラ社から出版されているそうですね。
そのまま出版されているのならスルーしようかな、と思っていたんですが、だいぶ加筆修正されているそうで・・・。
どの程度、どんな風に加筆修正されているかによっては、買おうかな・・・とか考えてたりして





